A:純白の魔道兵器 ミネルウァ
極低温の環境において、確実に動作する機械を開発している、工学部の連中が、ある魔導兵器の部品を求めている。標的の名は「ミネルウァ」……。
愛らしい女性名に騙されちゃあいけないぞ。こいつは、魔導アヴェンジャーを改良した寒冷地仕様の試作機だ。なんでも開発を担当した魔導技師の娘さんの名前らしい。猿人サスカッチを模した魔導兵器に、自分の娘の名前をつけるなんてセンスが信じられないが……とにかく、こいつの部品を戦利品として持ち帰ってきてくれ。
~クラン・セントリオの手配書より
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ショートショートエオルゼア冒険譚
私は後ろ手に縛られ、小銃で背中を強く押され地面に前のめりに倒れ込む。腕の自由が奪われているため地面に顔をぶつけながら倒れた。
「グゥ…」
強か打ち付けた頬が痛い。地面に付せながら後ろを振り返る。小さな我が家を屈強な兵士たちが取り囲んでいるのが見える。一人の兵士が手に持ったタンクから青みがかった液体を我が家に振りかけた。
「やめろ!やめてくれ!ちゃんと協力する!協力するから!」
兵士たちは一瞬私の方を見たが叫びを無視したまま、マッチに火をつけると家に向かって放り投げた。
「やめろーー!ミネルウァは動けないんだ!やめてくれぇ!」
マッチの火は液体に触れた瞬間大きな火柱になり小さな我が家を包み込んだ。パチパチと何かが爆ぜる音がする。私は肩と頭を使って立ち上がるりそのまま我が家に向かって走ろうとしたが、前に立ちはだかったガレアン兵に鳩尾を殴られ地面に膝をついた。我が家を包んだ火はますます大きくなり、窓ガラスが割れ、室内から火が噴き出す。風に煽られた火が轟々と唸る、その音の中に微かに娘の叫ぶ声が聞こえた気がした。私は何もできないまま声の限り叫んだ…。
「はぁ!」
私は全身が汗塗れになってそこで目を覚ました。もうあれは5年も前の事だがいまだにはっきりと夢に見る。ガレマール帝国は新たな魔導兵器の開発の為、その勢力圏の様々な地域から優秀だと言われる技術者を誘拐した。私もそのうちの一人だ。ガレマール帝国軍は技術者の未練と反抗心を折るために、その場で家族や縁者を殺害した。私の場合は娘だ。父一人娘一人の暮らしだった。娘は足に障害があり歩くことができない。その治療のために私はがむしゃらに働いた。だが、それがいけなかった。がむしゃらに働いたことで無駄に評判が上がってしまい目を付けられることになってしまった。そのせいで足が不自由で逃げる事も出来なかった娘は焼き殺されてしまったのだ。
「チーフ、大変です!試作機にトラブルです!」
ベッドの上で体を起こし、物思いにふけっていると慌てた様子の部下が仮眠室のドアをノックした。
「わかった、すぐ行く」
トラブルが発生する事を知っていた私は冷静に答え、ベッドから立ち上がると部屋を出た。
ガレマール軍のやり方は最悪だが正しかった。娘を失った私は仕事に打ち込むことで張り裂けそうな胸の痛みを誤魔化した。私が取り組んだのは猿人サスカッチを模した魔導兵器、魔導アヴェンジャーを改良した寒冷地仕様型の開発だ。
私は5年かけ細部の変更を繰り返し、寝る間も惜しんで開発に取り組んだ。改良とはいうが、ほとんど新規開発と呼べるほど全ての部品や機構を見直した。
そう、私はこの魔導兵器に娘の影を重ねていた。足が不自由で動けなかった娘を私の持てる技術力で動けるようにしてやるんだと。倒錯した思いであることは自覚していたが、そう思わずにいられなかったのだ。
そして、遂に今日完成という日にあの日の夢を見た。
私は専用ドッグの3階に繋がる渡り廊下を歩いた。外は珍しく吹雪も止み、厚い曇天の隙間からスポットライトのような神々しい朝日が見える。このガレマルドが晴れた日などこの5年間で一度も見たことがなかった。ドッグに入るとそこ上へ下への大騒ぎだった。火を入れたとたん暴れ出した試作機は固定具を引きちぎり、機器や設備を破壊し、整備士や技術者を投げ飛ばし暴れまわっている。階段をバタバタ登ってきた技術者が3階にあるチーフルームに駆け込んでくる。
「チーフ、試作機が…」
息を切らせて報告する技術者を一喝した。
「試作機ではないミネルウァだ!トラブルは見たらわかる!」
技術者は驚いた顔で押し黙る。
「怒鳴ってすまなかった。すぐにドッグのハッチを開け」
「え?しかしチーフ!それでは外に出てしまいますが……」
私は呆気にとられる技術者の方を見ていった。
「制御不能になった魔導兵器を我々でどう止めるつもりかね?研究所が破壊されるまえに放棄するんだ」
技術者は一瞬考えたのち、敬礼すると階下のドッグへと戻っていった。程なくしてドッグのハッチが開くとミネルウァは一瞬動きを止めて外を見た。昇り始めた朝日が雪原を照らしている。新雪がキラキラと輝いて美しい…。
「行け!ミネルウァ!行くんだ!」
私は手摺から乗り出すようにして、外を見たまま止まっているミネルウァに向かって叫んだ。その声に反応したのかは分からないが、ミネルウァは外に向かって走り出した。その後ろ姿に私は途切れ途切れの届くはずのない声を掛けた。
「行け…、ミネルウァ。今度こそ自由に…」
涙で霞むミネルウァが雪原の彼方に消えるのを見届けて、私はチーフルーム前のタラップから身を投げた…。